こんばんは、村松綾子です。
埼玉弁護士会で、「離婚後共同親権についてさらに慎重かつ十分な国会審議を求める会長声明」が出されました。
以下、全文を引用いたします。長いですが、ぜひご一読ください。
——————— 以下、声明全文 ——————–
2024年(令和6年)3月8日、離婚後共同親権を導入する内容を含む民法等の一部を改正する法案(以下「本改正案」という。)が国会に提出され、同4月16日には衆議院本会議において賛成多数で可決され、同月19日より参議院での審議が開始された。
しかし、本改正案は、法制審議会家族法制部会においても全会一致ではなく、複数の反対意見が表明された内容である。指摘された弊害に対する手当てについては慎重な議論がされるべきであり、また、改正案の内容が国民に対し十分に周知されているとは言えない。
現在、多くの当事者や関係者から不安と疑問の声が複数上がっている中、本改正案が今国会において拙速に審議、可決されようとしていることに対し、強い懸念を表明する。
以下、本改正案について、DV事案における懸念点などの特に問題であると思われる点を指摘する。
- 「非合意・強制型」の共同親権を可能とするものであること
本改正案は、819条2項において「裁判上の離婚の場合には、裁判所は、父母の双方又は一方を親権者と定める。」と規定しており、これは、離婚後の父母の同意がない場合であっても、家庭裁判所が離婚後の父母に親権の共同行使を強制する「非合意・強制型」の共同親権を可能とするものである。DVは第三者が存在しない密室で行われ、被害者の精神的負担が伴う場合が多い等、必ずしもその立証は容易ではなく、DVの加害者を離婚後共同親権から確実に排除することはできず、離婚後の父母に親権の共同行使を強制する制度の下では、DVの加害者がこれを支配の手段として利用する可能性が極めて高い。DVの本質は支配であり、暴力や精神的虐待等がその手段として使われる。離婚後、元配偶者である被害者との接点が子しかない場合、加害者は親権者であることを利用して、子を通して被害者を支配しようとし、被害者は子に不利益が及ぶことをおそれて、加害者の言うことをきかざるを得なくなり、加害者の支配が継続する可能性が高まる。配偶者に対するDVと子の福祉は無関係とはいえず、加害者と関わりを持ち続けることを強制され、疲弊していく親を間近で見なければならないという環境におかれた子が毎日楽しく暮らせるはずがなく、かかる環境に強制的に子がおかれるという弊害は看過できない。 さらに、過去に現行法において離婚が成立し、被害者が親権者とされたDV事案について、事後的に共同親権への変更が可能であるとすれば、過去のDVの証拠が散逸する等、子のために適切な判断をすることがさらに困難となり、子の安全、安心を確保することができない可能性がある。同居親がDVの被害者である場合、被害者は加害者に居所を知られる恐怖感と闘いながら子育てに奮闘しており、自ら声をあげてその意見を表明することは困難である。そのような被害者の声なき声にも十分に耳を傾けるべきである。
- 家庭裁判所の体制が整っていないこと
前記のとおり、本改正案は、「非合意・強制型」の共同親権を可能にするものであるが、子に関する事項を「協議して決める」との合意すらできない関係にある離婚後の父母が、子に関する事項について、円滑に協議・決定できる可能性は低い。離婚後の父母の意見が対立した場合、その紛争は家庭裁判所に持ち込まれることになり、事件数の増加が見込まれる。そのため、家庭裁判所では、本庁・支部・出張所を問わず、申し立てられた紛争に関し、適正かつ迅速に判断するためには、裁判官、家裁調査官、書記官、調停委員等の人的体制を強化することはもちろん、より深いDVや子どもの心理等の知識や理解が必要となることからさらなる研修等も実施することが求められ、さらには、調停室、待合室等の物理的体制を充実すること、及びそのための財源が確保されることが必須である。現状の家庭裁判所は、すでに余裕は無い状態であり、前記のようなさらなる紛争を速やかに裁定することは極めて困難であり、子に関する事項が円滑に決定されないことによる不利益は子が被ることになる。
- 共同親権の例外の内容が抽象的であること
本改正案では、824条の2において、「親権は、父母が共同して行う。」とされ、共同行使の例外として、「子の利益のため急迫の事情があるとき。」と規定されているところ、DV・虐待があったような場合や、医療行為等に際して、どのような場合に「急迫の事情」があると解され、単独での親権行使が許容されるのか不明である。 DV・虐待にあたるのかどうかについて、加害者が否定する場合のみならず 被害者に自覚がない場合も多い上に、DV・虐待行為からどの程度の期間が「急迫」に含まれるかの判断も、基準がなく現状では困難である。DV・虐待から被害者自ら「子を連れて逃げる」ことを前提として、その被害者保護が図られている実情において、同条項は子を連れて逃げようとする被害者に、「急迫の事情にあたらないのではないか」との不安を生じさせ、子を連れて逃げることに対する委縮効果をもたらし、被害者の「子を連れて逃げる」という手段すら奪いかねないものである。医療関係者からも、単独の親権者の同意のみで医療行為を行った後に医療機関が訴えられる訴訟リスクがすでに懸念されており、また、そもそも、親権者が単独でなし得る医療行為の範囲も不明確であり、これを明確にすることも必要である。学校などの教育機関や児童相談所においても同様の課題があり、現状では、現場の混乱が強く危惧される。
- 子の意見表明権が明記されていないこと
また、本改正案においては、子の意見表明権が明記されておらず、種々の手続きにおいて、子の意見表明の機会をどのように確保するか不明である。
- 本改正案が可決・施行された場合に様々な弊害が生じること
以上のとおり、本改正案には多くの問題があり、本改正案がこのまま可決・施行された場合、様々な弊害が生じることが予想される。
まず、法改正がDV・虐待の被害者保護の後退につながるものであってはならない。また、離婚後共同親権については、その弊害を可及的に防止するため、離婚後の父母がその内容を理解し、離婚後の父母の積極的かつ真摯な同意を家庭裁判所が確認する等の制度設計の検討がなされるべきであるが、このような具体的な検討が十分に尽くされているとはいえない。なお、「単独親権が原因で子どもに会えない」、「共同親権になれば養育費の未払問題が解決できる」、などの報道も散見されるが、面会の可否や養育費の問題と親権の帰属に直接の関係はなく、また、今回の法改正に際し、養育費の未払問題に関するより抜本的な解決策が組み込まれているわけでもない。さらに、現段階において、現在の法制度や家庭裁判所の実務がどのようなものであるか、また、それが本改正案によりどのように変わるかについて、国民に正しく周知されているともいえない。
- 附則及び附帯決議の内容が不十分であること
本改正案では、親権者の決定に際しては父母双方の「真意であることを確認する措置を検討する」などの附則が定められている。
また、①国民、関係省庁、地方公共団体、関係団体等に周知・広報の徹底に努めること、②「急迫の事情」「日常の行為」「子の監護の分掌」等についてガイドライン等で明らかにすること、③子の意見が適切に反映されるような体制や環境の整備、④家庭裁判所の人的・物的体制の整備、⑤DV及び児童虐待が身体的な暴力に限られないことに留意し、DVや児童虐待の防止に向けて、関係機関と連携して被害者の保護・支援策を適切に措置すること、⑥居住地等がDV加害者に明らかになること等によるDV被害・虐待・誹謗中傷・濫訴等の被害発生回避措置の検討、⑦本改正法が国民生活へ多大な影響を与えることに鑑み、本改正法の施行に先立って、子の利益の確保を図るために必要な運用開始に向けた適切な準備を丁寧に進めること、などの内容を含む附帯決議もなされており、一見、上記問題点に配慮したかのようである。
しかし、かかる附則や附帯決議では不十分である。
そもそも、附則や附帯決議に記載されている内容は、いずれも、本来、本改正案そのものに具体的な内容を記載すべきものである。
本改正案が施行されることにより国民に与える影響は非常に大きい。附則や附帯決議に記載された措置・体制・環境の整備、支援策の方法や内容について、具体的な記載がなく、本改正案のみが拙速に通ることにより、実際にどのように共同親権が運用されるのか、子に対する影響はどのようなものであるのか、自身や子の安全は守られるのか、など国民の感じる不安は非常に大きい。
以上のとおり、選択的夫婦別姓や同性婚については、法制化に向けた進展がみえないにもかかわらず、子の養育の在り方等の「多様化」を理由の一つとして、「非合意・ 強制型」の離婚後共同親権だけが、かくも拙速に法制化されることは不可解といわざるを得ない。本改正案がこのまま可決・施行されることにより生じ得る弊害の防止について、具体的な検討もなされることなく、拙速に審議・可決された場合、DV被害者の安全や子の利益を害する可能性が極めて高い。理念や理想だけでなく、現実に子に不利益が及ぶ場面を想定して、その不利益をできる限り最小限にとどめる制度設計や予算確保も含めた家庭裁判所の体制について、慎重に検討し議論を重ねた上で結論を出すべきである。
以上
2024(令和6)年5月8日
埼玉弁護士会 会長 大塚 信雄